2013年06月15日

約束の文化的拘束

「約束=守るもの」というのが普通の考え方だと思います

日本人は法の観点はもちろんですが、それ以上に
倫理、道徳的な観点からこういった考え方が来ているのではないでしょうか




ところが、文化が変われば法も変わります
英米法においては、約束事に拘束力を持たせるには『役因』が必要となります

約因とは、一方が約束を守ることに対する見返りがあるか、ということです
具体例をあげて考えてみましょう

例)
@ジュースおごるから帰り送って→約因(見返り)あり
Aパチンコ勝ったから飯おごるわ→約因(見返り)なし



@では「ジュースをおごる」見返りとして「家等に送ってもらう」約束です
仮に電車で帰宅する予定だったとすると、送ってもらえればより安く、早く、楽に帰宅できます
なので「ジュースをおごる」側には約束を守るメリット(約因)があります


しかしAでは役因はありません
「飯をおごる」側が約束を守ったとして、「おごったからお礼に○○してもらえる」わけではありません
おごったからといって物質的価値のあるものが対価として得られるわけではないのです

当約束が守られたら、おごってもらった側としては当然うれしいので、心象や評価は上がるでしょう
結果的にはそれがメリットと言えなくもありません

しかし、精神的、道徳的価値は約因にはならないとされています
なのでやはりこの約束には約因(メリット)がない、ということになります




つまり約因、見返りがない約束は守る必要がないということです
あぁもちろん約因がなくとも捺印、書面があれば問題はありませんが



英米法系国民は、当然ですがその法に強く影響を受けています
契約においても、自分の利得が見込めれば契約を破棄する場合が多いです
それが仮に相手を不快にし、人間関係を悪化させることになっても、です

日本人は「なんか相手に悪いかな」と気後れしそうですが・・・
彼らにはそういったものが、少なくとも日本人よりはありません



文化や宗教、法によって人々の考え方は様々なんだなと実感しました


posted by きるぼる at 23:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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